ESLってやつは
ESLまたはELL・・・何の略かは忘れたけど、英語を母国語をしない人のための英語のクラスである。
地域では教会などで大人向けクラスがあり、公立学校ではある一定以上の人数がいればELLを設けることになっているらしい。
よって子供たちも初めはELLのお世話になった。日本人エイドさんがいて、英語が皆無の子供たちのサポートをしてくれる。そういえばアラビア語を話すエイドさんもいた・・・。スペイン語や中国語とかも。
手厚いなぁ、とそのプログラムに感謝したものだ。
移民の国アメリカには、その名の通り移民がたくさんいる。
英語圏ではない国からの移民もたくさんいる。よって、このようなプログラムがあるのだ。
駐在のママさん奥さんたちも、生活のためと有り余る時間の有効活用にと、ESLに通う。
ESLの仲間同士では「どう、最近?いいとこ(ESL)ある?」とお互いにいいクラスの情報を仕入れようとする。こんな会話ができるほど、たくさんあるのだ。
私も例にもれず、ESLに通っている。
初めは近所の教会へ。ボランティアさんが教えてくれる。
教会によっていろんなやり方があるようだが、私が行っているところではアメリカの習慣やイベント、ことわざなどなど、を勉強した後、聖書について教えてくれる。
これだけでアメリカの文化すべてを理解できるわけじゃないけど、なんとなく、こういう発想なんだな、とか、だからこうなんだ、とハッとするポイントがあって、聖書を読み解く授業も含め、気に入っている。たまにリースづくりやクッキーアイシングなどお楽しみもあって楽しい。
さらに、市でやっている大人向けのまじめな英語プログラムもある。
これは移民のための、将来は単位(GED)を取って、アメリカで生活しようという人向けの初心者クラス。ここに参加する日本人はほとんどが駐在妻なので、単位を取るまでは目指してないけれども、生活しやすくするため、今後の自分のキャリアのため、と意識が高い。日本人は文法や読みに強い傾向があるので、最初からレベルの高いクラスに配置される。が、話せない。他の国からの皆さんは、良くしゃべる。でも他のスキルが弱い。授業中も静かに先生の話を聞くのが日本人、疑問があるとすぐに発言しだす他の国からの皆さん。国民性の違いも明らかになって面白い。
ESLのクラスメートと話すのは、アメリカ人と話すのとは違った楽しさがある。楽しさというより気楽さ、かな。お互いが英語を勉強している身なので、多少間違っても気にしない。拙い表現を繋ぎ合わせて会話をして、「ああ、そういうことね」と理解できる瞬間もよい。後日、結局それも間違っていたということもあるけども。
言葉も文化も違う人たちと、一つの共通の言語で話せるというのがよい。
ESLは万能ではなく、良し悪しがある。先生にもよるけど、やっぱり自分のモチベーションも大事。ただ行けば話せるようになるかというと、そうではない。
言われつくされていると思うけど、その場にいるだけでは言葉が話せるようにはならないのだ。
先にも書いたように、「いいESLある?」という挨拶。人がいいといっても、自分には合わないこともある。いったん行き始めると、途中で行かなくなるのも申し訳ないし、挫折したみたいで敗北感も感じるし、かといって我慢して通うのも時間の無駄だし。
こんな風に義理を感じるのは日本人だからかな?あっさり来なくなる人もたくさんいるけどね。
よって、ESL選びは難しい。
一方で、日本にはこういうプログラムがあるんだろうか、と気になる。
外国人労働者、見かけるけど、彼らはすでに日本語が話せる?彼らの家族はどう?
もし、家族は日本語話せないっていうんだったら、普段どういう風に過ごしてる?
もし、自分がここ、アメリカで英語もこれっぽっちも話せず、勉強するところもなく、友達もいなかったら・・・と想像するとすごく怖い。多分私、壊れると思う。