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アメリカ生活、毎日のこと、気ままな雑記 

クロスカントリー部に入る

クロスカントリー部に入ったのは、私ではなく、息子たち。秋はクロスカントリーのシーズン。今後略してクロカン。

 

クロカンというと、雪の中スキーを履いて野山を走りまわる運動だと思っていたが、そうではなかった。

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クロカンとは、芝生の上や、公園のトレイルコースみたいなところを数マイル走る競技である。コースによっては丘の上り下りがあったり、林を抜け、小さな小川みたいなところを飛び越えたりするらしい。アメリカの地方の学校は敷地が広ーーいので、学校の敷地内に小さな林があったり、トレイルコースがある公園と隣り合ってたりする。他にもフットボールスタジアムや野球場の周りを走ったり、多目的の芝生広場にコースが設けられてたり、敷地内+αを走るだけで数マイル稼げてしまうくらい広い。

 

ちなみに秋の男子のスポーツは、フットボール、サッカー、フィールドホッケー、クロカン・・・あとは何かな・・・。

走るのはめんどくさくて嫌いと言っていた息子たちだけど、体力づくりと運動不足解消にと参加している。トライアウトがないことも、特殊な道具がいらないというのもクロカンを選んだ理由。メインのスポーツが野球という息子らにとっては、チーム種目じゃなく、個人種目というのもいいのかも。

 

さてクロカンは、記録との戦いである。それでも、タイムの良い順に上から何名かがバーシティ(私は選抜メンバーまたは一軍と理解している)として選ばれて、バーシティだけのレースに出る。他の人たちはオープンレースに出る。

ミート(記録会、大会のような意味)は学校対抗で行われ、勝ち負けは各レースの上位何位までにどの学校からの選手が入ったかでポイントがつき、そのポイント数でどっちの学校が勝ったの負けたのが決まる。

「上位何位」に入らない人は、本当に自分の記録との闘いである。

 

クロカンは応援するのも楽しい。

長男が陸上をやってた時は、息子が出てるレースを見終わると他に見るものがなくなってしまい、ぶらぶらとハイジャンプだとか、知り合いが走るのを眺めてたりして時間をつぶしていた。競技数が多いので、ミートが終わるまですごい時間がかかる。

次男三男の野球は、とりあえず一試合まるっと出ているので、一か所に座っていれば目の前でゲームが進むのを見ていられる。

マラソン大会だと、一か所で見送ったらもうそれで終わりじゃない?走って追いかけるわけじゃないし。折り返してくるなら別だけど。

ではクロカンはどう応援するのか。

大体、コースは曲がりくねっているので、選手はくねくね走るけど、応援する側はショートカットできる。スタートを見送ったら、次はここ、次はここ、最後はゴールで、と応援する位置に移動して回れる。よって、一度のミートで数か所の応援スポットがあり、自分の子供の走ってきそうなタイミングを見計らって移動していくのだ。

秋空の下、芝生の上を歩くのは気持ちがいい。知り合いに会っておしゃべりするのも楽しいけど、長くは話さず、それぞれの子供のペースで場所を移動するので、長話にもならない。陸上のミートや野球の試合程時間もかからないし。

 

いよいよ、シーズンに入り、毎週のようにミートがある。

お母さんは地味~に楽しみにしてるのだ(^^)

ユッカルートを食す

アメリカのスーパーで、見慣れない食材を見るのが好きである。
基本的に眺めて、ふうん、で終わることが多いけど、
たまーに、私の中に何かが降りてきて、
そいつは「試してみようじゃないか!」とささやくのだ。

何かがささやいた結果、買ってきたのは、ユッカルート。
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一緒に写ってるトマトはサイズの参考に。
観葉植物にユッカの木というのがあるけど、おなじものなんだろうか。

分厚い皮を剝いてみると…中から出てきた身の部分は何かに似てる。
ちょっとデンプン質の白っぽい、粉っぽい感がある。
火が通ってれば食べられるだろうという信念のもと、レンジでチンする。
おや、うっすら透明感が出て、見た感じ、お芋のほっくり感。
味は多分、長芋の、ほっくりちょっとねっとりした感じ。
醤油たらして食べたら美味しいんでないかい。
どこかかすかにえぐみがある。でも気になるほどではないかな。

端っこが筋っぽくて食べられなかったので、切り落とし、味見した後の残りはその日のお味噌汁に入れてみた。
悲しいかな豚肉鶏肉の区別がつかない息子らのことだ。
馴染みのないものを入れたところで気がつかないだろう。
次男がお箸でユッカルートをすくって「…?」な表情をした以外は誰も何も言わなかった。
きっと彼は「じゃがいもかと思ったらちがかった」程度だと思う。

普通のアメリカのスーパーですら、Japanese Yumという名の元、立派な長芋が売られている昨今である。
ユッカルートをリピ買いするかどうかは、微妙な判定だ。
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以上、ユッカルートでした。

駐在3年 英語力ってどのくらいになるのか?

息子たちはそれぞれ違う英語レベルで渡米してきた。

長男は高校生で、(次男は中学生で)、三男は小学生で。

次男はあんまり教えてくれないので、割愛し、長男と三男の比較で、ついでに私の英語力も一緒に見てみたい。ついでに、我が家はアメリカにくるまで、英語教育に力を入れたとかそういうのはない。

私たちの住んでる地域は日本人が多く、学校には何人か日本人がいるので、学校に日本人が自分たった一人で、英語を使わざるえない過酷な環境ではない。いや、使わざるを得ないのはどこにいてもそうなんだけど、日本語で愚痴れる、気持ちを吐露できる相手がいるというのは大いにストレスが軽減できる。

まずは最初の英語レベルと、3年後の今の状態。

 

 

<最初のレベル>

長男、高校生。

英検3級所持。受験を切り抜けてきたため、文法などがある程度備わっており、

学校で先生が何を言ってるかはわからずとも、辞書を片手に読めばどうにかわかる。

よって、宿題など提出物などは時間はかかっても何とか、というより意地でこなした。3時に帰宅してそのまま宿題に取り掛かって、終わるのは午前さま。しばらくは学校の宿題をこなすのに精いっぱい、学校ではみんなが何を言っているのかわからず、苦労するという、勉強がよくできるほうだった彼にとっては悔しい日々。

 

 三男、小学生。

ABC、ローマ字とハロー、ハーワーユー、ディスイズアペン、そんくらいは知ってる。日本でも塾には通っておらず、やっとこさいろんな名前がローマ字で書ける。そんなくらい。

私が上の二人のケアに消耗し、すっかり置き去りの彼は、家庭教師も付けず、塾にも行かず、野球にバスケにと、現地の活動に参加し、野放しでもまれることになる。(塾に行くより運動したいという本人の希望です。)

 

その小学校では校長先生の主義で、宿題がなかった。これが日本だったら、宿題出しておくれよと抗議するところだったけど、我が家としては助かった。エイドの先生が理科や社会の資料を事前に教科の先生からもらい、持たせてくれた。家で単語や内容を事前に調べて授業に臨むのだ。音の伝わり方、とか、北半球の気候、なんて、単語難しいんだよ〜。宿題はなかったけどこのような予習はさせてもらった。

 

私。

高校を出、大学に行き、会社員して主婦して。英語に興味はあれども、まあその、ね、英語教室も、英語教材も長続きせず、「いつかは」くらい。日本語字幕なしに映画は理解できない。たまに聞き取れると舞い上がっちゃうくらい嬉しい。町で外国人に道を聞かれてもあたふた困るレベル。英検もってない。

でもこれでも、渡米当時は、一番前に出てしゃべ(らされ)る担当だったのよ。恐ろしいことに。

 

 

<3年後の英語力>

長男いはく。

他の科目は現地の子と対等に張り合えても、Englishの授業や、テストなど、英文を読むスピードは現地の子にかなわない。トーフルを受けてもスピーキングだけは他の分野ほどのスコアが取れない。でも文法とライティングは非常に良い。

 

しかしながら、現地校の友達も多く、夕方に電話がかかってきたと思ったら、「マックいってくる」と出かけたり、休みの日はみんなで映画を見に行ったり。

もちろん彼のは外国人としての英語であるが、問題なくコミュニケーションが取れている。結局行かなかったけど、こっちの大学にも受かったし。

ちなみに、しっかり本を読み、勉強していたので日本語も衰えない。やっぱり彼は日本語の方が強いし、本人も楽みたい。

 

中学生の三男。

彼の英語は学校と友達との会話から成り立っているので、しゃべる英語が中心。そしてその会話、単語レベルはやはり同年代の子供と同じ。発音に関しては、余計な知識がなかったからなのか、長男が「どうやったらその発音ができるの?」と聞いたりするくらいだ。文法などはそこそこ。話し言葉がそのまま文章になっていることが多い。英検2級とか準1級とかの語彙力はどうかなぁって感じ。日本人の友達もたくさんいるので、日本語はやや壊れ気味ながらも、やっぱり日本語の方が断然得意。

アメリカ人の友達とも気軽にバカ話ができる(それしかできないという説も)。単語は知らずとも、聞いてスペルを大体書き起こせる耳。新曲を聞いて、この歌詞めっちゃいいよね!と言えちゃう耳。いいなぁ。どこかに言語切り替えスイッチがあるのかな。

 

私。

聞き取りは随分上達したはず。アメリカ人の普通の人(ESLの先生じゃない人)がぺらぺらってしゃべるのは、その人のしゃべり方によって大きく差があり、5-8割くらいの理解力。それと、分かったところで、答え方が分からず困ることが未だに多い。複雑な答えを思いついてしまうと、それを言葉にするのに苦労している。頭では必要な文章が出てくるんだけど、声にすると不思議なことにその英文がばらけてしまって、なんだかわからなくなってしまうのだ。いや、会話って難しいわ。

先生によると、私に足りないのは「自信」なのだとか。

でもまあ、きちんと話せば通じる、どこに行ってもどうにかなるんじゃないかっていうくらいの度胸はついたかな。病院のアポイントメントを取るくらいのシンプルな作業ならば電話でできる。保健がどうのとか面倒なこと聞かれると、後で窓口に行きます!になるけど。

 

 

<ちょっと思うところ>

日本で英語の授業を受けた長男と私は、文法と語彙に助けられたところが大きいので、日本の英語の授業は「役に立っている」と思っているけど、ローマ字や挨拶程度の授業しか受けていない三男は「ローマ字って必要ないと思う」という。

 三男が日本の学校でローマ字を勉強してる時のノートが出てきたけど、好きな言葉を書き綴っていたんだろうね。「YAKYU(野球)」「RINGO(リンゴ)」って書いてた。うーん、ローマ字の練習だというのはわかるけど、・・・ちょっと苦笑い。 日本語をローマ字表記する意味は、固有名詞にだけ通用するのであって、一般の名詞は意味があるのか。

 

また、英語の伸びは個人の性格によっても違う。

好奇心旺盛(長男だ)、怖いもの知らず、ノリがいい、何か得意なことがある(長男は数学、三男はスポーツ)、英語が好き、などなど、そんな人はアメリカに来ても英語が身につき、楽しく暮らせると思う。

内気、消極的、無口、自分は何も得意じゃないし出来ない…、とかだと苦戦するかも。自分の気持ちを言葉で言わずして察してくれるのを待ってちゃいけない。開き直りでもいいから、ずぶとさがあったほうがいい。

 

ちょっと取りとめなくなってきたな。何が言いたいかというと。

日本にいた時は、

外国に住む。→その国の言葉が話せるようになる。→ということはバイリンガル→その国のお友達がたくさんできる→帰国しても交流が続き、お互い行ったり来たり。→帰国後はその国の言葉を使って仕事でバリバリ活躍。

という構図が私の中にあった。

 

そ〜んなことないから ( ´∀` ) 

 

納豆は食卓の強い味方

 日本にいたころは冷蔵庫のレギュラー選手の納豆。アメリカではえらく高価である。

3パック入り99円以下でしか買ったことない納豆がここでは3倍の値段がする。5人家族で毎日一人1パック食べられると結構な額になる。

そこまでして食べたい欲求は自分にはないかもと、納豆は買わないことにしていたら、半年もたったころだろうか、ふと夫がつぶやいた。「最近納豆食べてないね」

どうやら夫は納豆が食べたかったらしい。

しかし先述の通り、どうにも買う気になれない。

 

ではでは、作ってみよか、ということになり。調べてみたら海外で納豆を作っている人、結構いる。もちろん身の周りにも納豆を作っている日本人がいる。

友人は、どこそこの農場のオーガニックの大豆で、納豆菌はどこどこからのお取り寄せで、とこだわりの高級納豆を作っている。

さぞおいしかろう。きっとその美味しさを知ってしまったら後戻りはできないに違いない。

 

しかし、私の目的は高級納豆を作ることではなく、節約のためである。

とりあえず、お店から納豆のパックを買ってきて、乾燥大豆を買い、「市販の納豆を増殖させる」系の作成方法をとっている。納豆菌は熱や乾燥に強く、多少雑に扱っても死なないので、消毒は気楽に、ウォッカで容器を拭き、熱湯を器具にかけ流すだけ。ふかした大豆に市販の納豆を混ぜ、一日保温するだけ。

 

小粒の大豆は売っていないので、うちで作る納豆は大粒納豆。でも私はもともと大粒納豆が好きなので、ちょうど良い。大粒の納豆をモクモクとかみしめながら食べるのは実においしい。

納豆は食卓の強い味方。おかずが寂しくても納豆を添えると、なんだか品数が増えた感じになって、良い。さらに、キムチやノリを食卓に出せば、もうおかずはソーセージ炒めただけで十分じゃん、という感じになる。

餃子を作ってて、皮が余ったら、納豆を包んでしまう。ロシアンルーレットのようになってこれも楽しい。

ありがとう納豆さん。

 

銃社会であるということ

またまた銃による事件が起こってしまったアメリカ。

今回はテキサス州エルパソで土曜のお昼頃、オハイオ州デイトンで日曜の未明、それぞれ銃乱射事件が起こった。ニュースはもちろん、フェイスブックでも知人がそれぞれ悲しみや怒りの投稿をして、銃規制を強化せよ、という声が上がっている。

 

以前フロリダの高校で銃乱射事件があったあと、子供たちの高校でも銃反対の意を表す集会のような、デモ行進のようなものがあった。あの時、アメリカ中がとても大騒ぎになっていたので、これは本当に、アメリカの銃に対する法律が変わるんじゃないかととても注目していたけれども、結局、あまり変わらないまま、報道もなくなり、私自身も関心が薄れてしまった。

 

アメリカでは、ここは銃社会なんだな、と実感する場面が日常にいくつかある。ほんの数年の滞在で、なおかつ比較的治安が良いという地域に平和に住んでいてもなお、はっと意識させられることがある。自分自身が銃に命を脅かされた経験がないのが、本当に幸運なのかもしれない。

今回事件のあったウォルマートだって、銃を売っている。さすがに鍵の付いたガラスケースに納められてはいるけど、販売員がその傍にいることはない。スポーツ用品店に行けば、狩猟用の銃コーナーがある。しかもそんなにべらぼうな値段じゃない。

フェイスブックではアメリカ人の友人が、誕生日のプレゼントに旦那さんから新しい銃を買ってもらったと投稿をし、それに対して、カッコいい!素敵ね!というコメントが付く。

何かイベントがあると、持ち物検査が必ずある。

信号待ちで、隣の車の同乗者が銃を持て遊んでいるのを見かけたことがある。

スーパーの駐車場でジーンズの腰に銃を差しているのがTシャツの裾がちょっと上がった隙に見えたりということもあった。

住宅街で道に迷って車を止めて地図を確認していたら、脇の家から銃を持った男二人が玄関から出てきて私らを見張っていた。

学校やスクールバスには銃持ち込み禁止のステッカーが貼ってあるし、出入りする警察官の腰には大きな銃がぶら下がっている。

学校の避難訓練はアクティブシューター(銃を持った不審者)用の訓練である。

 

銃の事件が起こるたびに、皆とても悲しんで嘆いて、銃を持つのをやめようと言うけど。ほんとにそんなこと可能なんだろうか。そういう人たちは銃を新たに買いはしないかもしれないけど、すでに持っているものを手放すのだろうか?逆に護身用にと新たに銃を持つ人もいるだろう。フロリダの事件のあとは学校の先生に銃のトレーニングを施して、警官が現場に駆け付けるまでの間、子供たちを守ろうという話も上がった。それはそれで策の一つかもしれないけど、銃問題の解決にはなっていないよね。

 

自分は外国人であり、この国にずっと住むわけじゃないから、傍観している体だけど、もし自分がこの国の本当の住人だったらどうするだろう。やっぱり護身用に一つくらいは、と考えるかもしれない。鍵付きの引き出しとかに入れて。あ、鍵をかけたら緊急時に出せないか。じゃ、非常持ち出し袋のように、すぐに手に取れる場所に?家族全員でそのありかを知ってて、子供にも使い方も教える?酔っぱらってる時につい手にしちゃったりしない?イライラがMAXで我を忘れたとき大丈夫?たまたま遊びに来たよその子が見つけたら?・・・やっぱり我が家にそんな物騒なものはない方がいい。それなら家のセキュリティを万全にして、護身術を習う方がいい。

 

まー、こんな根深く壮大な問題は考えるのが苦手である。取りとめもなく、ぐるぐると考えが回り、苦しくなる。どんなにみんながあれこれ意見を出しても、結局は「セカンド アメンドメントで銃を持つ権利が認められているんだよ」で済んじゃうんだもん。でも、なにもしないで諦めるより、何か運動をして意思を示すべきということか。

いつか変わってほしい。

 

ESL  ちょっと気になるあの人

ESLに通っていると、いろんな人に合う。

クラスメートの出身国は、中国、韓国、メキシコ、ブラジル、ペルー、トルコ、ベルギー、ケニア、シリア、コンゴ、イタリア、ハンガリー、ま、とにかくいろいろ。

私は中級クラスなので、中級レベルの人が集まる。そらそうだわな。

クラスではたどたどしい英語ながらも、それしか共通の言語がないので、お互いに四苦八苦しながら意思の疎通を図る、よな感じ。

 

普段、他人の私生活や事情などにはあまり興味がないつもりなのだが、どうしても考えてしまう人がいる。

彼女は中国人。いつも化粧をばっちりして、ヒールの高い靴を履き、華やかな服を着ている。華やかな服というのは、そうね、コンパニオンのような、イベント会場にいるお姉さんのような、私にはどこで買えるのか分からないジャンルの服である。でも彼女、多分きっと、若くはない。40代とみた。

彼女は誰かが話す英語は理解できるけど、自身が話すのは随分たどたどしい。読んだり書いたりにずいぶん手こずっている、という感じ。

ええ、ええ、私が人のレベル云々言うなっていう話ではあるけどね。

 

休み時間に何となく話をしてみたら、なんと彼女のご主人はアメリカ人だった。

2年前に中国で出会って結婚し、今は英語を勉強するためにクラスに通っているというわけだ。

彼は仕事で中国に来ていた。

中国に住んでいるわけではなかった。

中国語は話せない。

彼からいつも英語のダメ出しを食らうのよ、みたいな。

へー・・・、馴れ初めって何なんだろうと、ふと考えちゃったのが彼女が気になり始めた始まり。

気にはなっても、夏休みに入ってクラスが終わってしまって、それ以上の話をすることもなく、多分もう会うこともないのかも、と思っていた。

 

その後、近所のスーパーでばったり会った。

ご主人は普通のアメリカ人で、彼女とは対照的にいたってシンプルで、Tシャツにジーンズ。彼女より若く見える。アメリカでよく見るピックアップトラックに乗ってた。

その日は、彼らの息子さんが通ってるアート教室の作品展があり、それを見に行った帰りだと教えてくれた。息子さんはキャンプに参加中で夕方に迎えに行くんだって。6歳なんだって。話し中にご主人が、彼女がうまく言えない単語を後ろから言いなおして私に教えてくれたり、二人とも終始ニコニコ、仲のよい夫婦だった。

 

別れた後、またふつふつと気になり始めた。

ああ、きっとご主人は男手一つで小さい子供を育てて、なんかの仕事で中国に行った時に彼女に一目ぼれしたのかな、と。勝手にストーリー作ってたんだけど。旦那さん中国語話さない、彼女の英語レベル、数年前結婚、息子6歳、数少ない情報しかなく、どうにもしっくりとストーリーが作れなくて、謎すぎ。

ご主人が彼女にぞっこん?

彼女がご主人に?

ご主人は子供に母親役をしてくれる人を探していた?

彼女は小さい子供にほだされた?

普段の会話は成り立ってる?

子供とコミュニケーション取れてる?

あ、いや、逆に息子は彼女の息子か?

ということは女手一つで子供を育てて・・・・。

などなど、キリがない。

大きなお世話なのは分かってる!

でも気になるんだ!

5人から4人になると

春。長男が高校を卒業し、一人住まいを始めた。
これまで大人サイズの子供3人+夫婦の5人の食卓に少し変化が。

夕食時に5合炊いていたご飯が余るように。
そりゃそうだ。毎回2、3杯食べていた奴がいないのだから当然だ。
ご飯に限ったことではなく、作るもの作るものが軒並み余る。
冷蔵庫はタッパーで残り物だらけ。
今夏休みだから、お昼ご飯は残り物で済ませられていいけどさ。

果物が減らなくなった。リンゴ、みかんなど果物を常備していた我が家。
「気がつくとなくなっている」が「1週間前と同じ状態」になってしまった。
いかん、早く食べなくては。

この鍋でこのくらい作る。すっかり馴染んだこの感覚。
同じ鍋を使って少なく作るのがとても難しい。しょっぱかったり、薄かったり、焦がしたり。

こうして一人減り、二人減り、最終的にオットと二人になるだろう我が家、そのうち鍋をすべて買い替えないとダメなんじゃない?
食材の買い方も気をつけないと無駄にしちゃうね。
そういえば実家にはおままごとかって思えるような可愛らしい鍋があるよね。
お盆に帰省すると、物置からでっかい鍋が出てきたっけ。
どの家も同じように台所事情を変えていったんだな〜、としみじみ実感する今日この頃。

今日は末のお子さんが進学で家を出て、今は旦那さんと二人なの、という人に会い、こんな話になった次第。