駐在3年 英語力ってどのくらいになるのか?
息子たちはそれぞれ違う英語レベルで渡米してきた。
長男は高校生で、(次男は中学生で)、三男は小学生で。
次男はあんまり教えてくれないので、割愛し、長男と三男の比較で、ついでに私の英語力も一緒に見てみたい。ついでに、我が家はアメリカにくるまで、英語教育に力を入れたとかそういうのはない。
私たちの住んでる地域は日本人が多く、学校には何人か日本人がいるので、学校に日本人が自分たった一人で、英語を使わざるえない過酷な環境ではない。いや、使わざるを得ないのはどこにいてもそうなんだけど、日本語で愚痴れる、気持ちを吐露できる相手がいるというのは大いにストレスが軽減できる。
まずは最初の英語レベルと、3年後の今の状態。
<最初のレベル>
長男、高校生。
英検3級所持。受験を切り抜けてきたため、文法などがある程度備わっており、
学校で先生が何を言ってるかはわからずとも、辞書を片手に読めばどうにかわかる。
よって、宿題など提出物などは時間はかかっても何とか、というより意地でこなした。3時に帰宅してそのまま宿題に取り掛かって、終わるのは午前さま。しばらくは学校の宿題をこなすのに精いっぱい、学校ではみんなが何を言っているのかわからず、苦労するという、勉強がよくできるほうだった彼にとっては悔しい日々。
三男、小学生。
ABC、ローマ字とハロー、ハーワーユー、ディスイズアペン、そんくらいは知ってる。日本でも塾には通っておらず、やっとこさいろんな名前がローマ字で書ける。そんなくらい。
私が上の二人のケアに消耗し、すっかり置き去りの彼は、家庭教師も付けず、塾にも行かず、野球にバスケにと、現地の活動に参加し、野放しでもまれることになる。(塾に行くより運動したいという本人の希望です。)
その小学校では校長先生の主義で、宿題がなかった。これが日本だったら、宿題出しておくれよと抗議するところだったけど、我が家としては助かった。エイドの先生が理科や社会の資料を事前に教科の先生からもらい、持たせてくれた。家で単語や内容を事前に調べて授業に臨むのだ。音の伝わり方、とか、北半球の気候、なんて、単語難しいんだよ〜。宿題はなかったけどこのような予習はさせてもらった。
私。
高校を出、大学に行き、会社員して主婦して。英語に興味はあれども、まあその、ね、英語教室も、英語教材も長続きせず、「いつかは」くらい。日本語字幕なしに映画は理解できない。たまに聞き取れると舞い上がっちゃうくらい嬉しい。町で外国人に道を聞かれてもあたふた困るレベル。英検もってない。
でもこれでも、渡米当時は、一番前に出てしゃべ(らされ)る担当だったのよ。恐ろしいことに。
<3年後の英語力>
長男いはく。
他の科目は現地の子と対等に張り合えても、Englishの授業や、テストなど、英文を読むスピードは現地の子にかなわない。トーフルを受けてもスピーキングだけは他の分野ほどのスコアが取れない。でも文法とライティングは非常に良い。
しかしながら、現地校の友達も多く、夕方に電話がかかってきたと思ったら、「マックいってくる」と出かけたり、休みの日はみんなで映画を見に行ったり。
もちろん彼のは外国人としての英語であるが、問題なくコミュニケーションが取れている。結局行かなかったけど、こっちの大学にも受かったし。
ちなみに、しっかり本を読み、勉強していたので日本語も衰えない。やっぱり彼は日本語の方が強いし、本人も楽みたい。
中学生の三男。
彼の英語は学校と友達との会話から成り立っているので、しゃべる英語が中心。そしてその会話、単語レベルはやはり同年代の子供と同じ。発音に関しては、余計な知識がなかったからなのか、長男が「どうやったらその発音ができるの?」と聞いたりするくらいだ。文法などはそこそこ。話し言葉がそのまま文章になっていることが多い。英検2級とか準1級とかの語彙力はどうかなぁって感じ。日本人の友達もたくさんいるので、日本語はやや壊れ気味ながらも、やっぱり日本語の方が断然得意。
アメリカ人の友達とも気軽にバカ話ができる(それしかできないという説も)。単語は知らずとも、聞いてスペルを大体書き起こせる耳。新曲を聞いて、この歌詞めっちゃいいよね!と言えちゃう耳。いいなぁ。どこかに言語切り替えスイッチがあるのかな。
私。
聞き取りは随分上達したはず。アメリカ人の普通の人(ESLの先生じゃない人)がぺらぺらってしゃべるのは、その人のしゃべり方によって大きく差があり、5-8割くらいの理解力。それと、分かったところで、答え方が分からず困ることが未だに多い。複雑な答えを思いついてしまうと、それを言葉にするのに苦労している。頭では必要な文章が出てくるんだけど、声にすると不思議なことにその英文がばらけてしまって、なんだかわからなくなってしまうのだ。いや、会話って難しいわ。
先生によると、私に足りないのは「自信」なのだとか。
でもまあ、きちんと話せば通じる、どこに行ってもどうにかなるんじゃないかっていうくらいの度胸はついたかな。病院のアポイントメントを取るくらいのシンプルな作業ならば電話でできる。保健がどうのとか面倒なこと聞かれると、後で窓口に行きます!になるけど。
<ちょっと思うところ>
日本で英語の授業を受けた長男と私は、文法と語彙に助けられたところが大きいので、日本の英語の授業は「役に立っている」と思っているけど、ローマ字や挨拶程度の授業しか受けていない三男は「ローマ字って必要ないと思う」という。
三男が日本の学校でローマ字を勉強してる時のノートが出てきたけど、好きな言葉を書き綴っていたんだろうね。「YAKYU(野球)」「RINGO(リンゴ)」って書いてた。うーん、ローマ字の練習だというのはわかるけど、・・・ちょっと苦笑い。 日本語をローマ字表記する意味は、固有名詞にだけ通用するのであって、一般の名詞は意味があるのか。
また、英語の伸びは個人の性格によっても違う。
好奇心旺盛(長男だ)、怖いもの知らず、ノリがいい、何か得意なことがある(長男は数学、三男はスポーツ)、英語が好き、などなど、そんな人はアメリカに来ても英語が身につき、楽しく暮らせると思う。
内気、消極的、無口、自分は何も得意じゃないし出来ない…、とかだと苦戦するかも。自分の気持ちを言葉で言わずして察してくれるのを待ってちゃいけない。開き直りでもいいから、ずぶとさがあったほうがいい。
ちょっと取りとめなくなってきたな。何が言いたいかというと。
日本にいた時は、
外国に住む。→その国の言葉が話せるようになる。→ということはバイリンガル→その国のお友達がたくさんできる→帰国しても交流が続き、お互い行ったり来たり。→帰国後はその国の言葉を使って仕事でバリバリ活躍。
という構図が私の中にあった。
そ〜んなことないから ( ´∀` )